過去連載 2011/7/22 公開

「母を想う」

台風一過で、2週間ほど続いた猛暑が一段落している東京ですが、また、明日から真夏の暑さが戻ってくるようですね。

その台風前の猛暑が続いていた7月15日、弊社社長でFRANJA(フランジャ)発行人でもある川上と、大阪に日帰り出張に行ってきました。

フジオフードシステム社長の藤尾政弘さんのご母堂様ご逝去の「藤尾ヲシズ・お別れの会」に出席するためです。

「えっ!?フランジャとフジオフードって犬猿の仲なんじゃないの?」と、思われている方がいらっしゃるかもしれませんね。以前、読者に直接そう言われたこともありますから(苦笑)。

報道の世界を知らない方は、「裁判記事」「問題提起型リポート」を書けば、その企業とフランジャは“挨拶も交わさない”とか“仲が悪いんだろう”と短絡的に思い込まれるので、ちょっと困ります。

記事は書かなければならないと判断すれば書くし、報道しなければならないことは伝えます。確かに、残念なことに、自社に都合の悪いことを書かれたことで、逃げ回る企業やフランチャイズ本部の社長もいます。でも「それはそれ、これはこれ」ときちんと線引きしてお付き合いしている企業もたくさんあります。

フジオフードもその一社だと思っています。係争中の事件で、コメントを出せない場合は広報を通じて「コメントできない理由」をきちんと回答してきてくれます。また、それ以外は、熱心なフランジャ読者であり、スーパーバイザーの育成に真剣に取り組むにはどうしたらいいか、あるべきフランチャイズ本部になるために、今、自分たちは何をどう仕切り直したらいいのかを、必死に学ばれている最中とお見受けしています。

人生と同じで、企業も、過去にあったことを消しゴムで消すことはできないけれど、それを糧に前に進もうとしているなら、人として応援しなければならないのではないでしょうか。

創刊以来の広告クライアントの一社の、あるフランチャイズ本部企業の社長は、創刊時にこう言ってくださいました。

「フランジャを広告出稿でも応援させてもらいます。その代わり、日本のフランチャイズ産業界のことはよろしく頼みます。ただし、広告を出していたとしても、もし、うち(自社)がフランチャイズ本部としていけないことをしたら、その時はしっかりと書いてください。『それはそれ、これはこれ』。うちの目が覚めるような記事を書いて応援してくれればいいんです」。

そういう広報体制、そういうフランチャイズ本部が増えてくれることを心から願っています。 

話が少し逸れましたが、フジオフードの創業社長である藤尾さんのお母様が亡くなられたことを7月4日のニュースリリースで知り、急遽、弔電を打たせていただきました。間もなく、フジオフードの総務部から「故・藤尾ヲシズ『お別れの会』」を7月15日の午後4時から「帝国ホテル大阪『孔雀の間』」で開催するので出席してほしいといった内容のご案内状が届きました。訃報に際しては何をおいても駆けつけようとするのは皆さんも同じだと思います。ましてや、フランジャ誌上で厳しいリポートを書き続けている私たちは、何としても出席しなければと、アポイントを調整して2人で出席させていただきました。

当日、帝国ホテル大阪に到着すると、ホテル内は喪服姿の人で一杯でした。参加者は1200人もいらしたそうです。

藤尾さんが故・お母様のために、一世一代のお別れの会を催して送りたいと動かれたのでしょう。その気持ちに応えるかのように大手飲食関係や食品関係の社長や金融機関の方々はもちろん、デザイナーのコシノヒロコさん、大阪市長の平松邦夫さんなどなど、錚々たる方々が出席されていた会場は、供花が並びきれないほどに溢れていました。

私たちは、生前、藤尾社長のお母様とは面識がありません。しかし、このお別れの会を通じて、大正6年3月10日生まれで、6月27日に享年94歳で亡くなられたご母堂様が、大正、昭和、平成という時代を、言葉では言い表せない厳しい人生を生き抜いて来られた女性だということが分かりました。そして、どれほど働き者で、おやさしくて、藤尾さんにとってどのような存在だったのかという一端も感じることができました。 

立派な方々からの弔電が披露されたり、藤尾さんと旧知の仲らしいテノール歌手の秋川雅史さんが駆け付けられて「千の風に乗って」を会場で歌ってくださるなど、それは盛大なお別れの会だったのですが、何よりも私の心に残ったのは、フジオフードが株式を上場された際の、記念パーティ(2003年)の映像が流れた時でした。司会者に「お母様、どうぞ一言ご挨拶を」と促され、藤尾さんのお姉さま方に支えられるようにご挨拶に立たれたお母様は、謙虚に、会場の一人ひとりの手を握ってお願いされているかのような面持ちで、これだけをおっしゃいました。

「どうもありがとうございます」

「いろいろと、お世話になっております」

「どうぞ、これからも(政弘を)よろしくお願いいたします」

息子の晴れ舞台であっても、息子がいくつになったとしても、母親というものは、これ以上、何の言葉も見つからないのだろうと感じて、スーッと一筋の涙が頬を伝っていました。

藤尾ヲシズさんは、夫婦で大阪・天満の商店街で『丸天食堂』という大衆食堂を営んで、子どもたちを育て上げたそうです。それが、現在の『まいどおおきに食堂』の原点となっています。

藤尾さん自筆の会葬御礼には、こんな一文がありました。 

「毎日、毎日、商売で休む時間のない中で、私が学校に行く為に自宅を出る時は、頭が熱くなるまで何度も何度もやさしい手でなでていただいたこと……」

生きることに精一杯の時代、ましてや商売を営む家庭ですから、今の母親のようには子どもに手を懸けられなかったと思うのですが、お母様は、朝のそのひと時を大切にされ、今日一日、息子が無事で、そして楽しく元気に過ごしてほしいという願いを込めて頭をなでていらしたのだろうと思います。

思い出がたくさん綴られたその「会葬御礼」は、素朴で、温かくて、やさしいお母様への藤尾さんからの「感謝状」でした。

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フランジャ編集部

筆者:フランジャ編集部

フランチャイズ総合メディア『FRANJA(フランジャ)』の波多野陽子・編集長および編集スタッフが執筆。日本のフランチャイズに関わる日常的な出来事からトップ人事まで幅広く伝える内容で、フランチャイズ産業界の動きが知りたい方必読